カストリアに雪は降る

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本社オフィスの倉庫で見つけたポスター。
ギリシャで貰った、カストリアの冬の風景です。
折角なのでパネルに貼ってもらいました。
 
ギリシャの北西部は西マケドニア地方と呼ばれ、
標高も高く、本格的なスキー場もあります。
ギリシャは温暖というイメージしかなかった私も最初は驚きました。
先入観とは危険な色眼鏡だと痛感します。
 
周知の通りマケドニアは、
かのアレキサンダー大王やマザーテレサの出身地でもあり、
東欧の歴史を語るうえで避けて通れない要衝の地でもあります。
 
詳細は控えますが、西マケドニア地方は、マケドニア全体の、
面積にして半分程度を占める地域です。
その北部にあるオレスティアダ湖という湖の湖畔に広がる街がカストリアです。
古くから毛皮貿易の拠点でもあり、
今でも多くの毛皮職人が暮らしています。
 
湖を囲むように、建物が連なり、
その街並みに溶け込むように、
いくつかの老舗ブランドの工場が建ち並んでいます。
 
街の至る所でビザンチン帝国時代や、オスマン帝国時代の
歴史的建造物を観ることが出来ます。
建物の命は、人の命よりも長く、
この街の生々しい歴史を垣間見ることが出来ます。
 
余談ですが、衣食住という言葉を思い出してしまいます。
纏うという人の行為は、住まう、食す、という行為と無関係では無いはずです。
建築家、安藤忠雄さんの著書は、言うまでもなく、
建築についての深い洞察の書であります。
しかし、服飾の仕事に従事する私どもにとっては、
「人は、何故、衣を纏うのか。衣服とは何か」。
それを示唆してくれる、人間の行為のヒントの宝庫でもあると、私は勝手に感じています。
 
例えば、毛皮を纏うという人間の文化を、
現在という短い時間軸の価値観で全否定することは容易かもしれません。
しかし、過去の歴史や命を紡いでくれた祖先へのリスペクトさえない人が、
果たして、現在を評価し未来を決める資格があるのか。
そんなふうにも感じてしまいます。
 
ふと、孔子の言葉が脳裏をよぎります。
 
「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」。
 
自分と異なる価値観の人を全て完全に排除してしまうと、
最後は一人ぼっちになってしまいます。
何故なら完全に同じ人間などいるはずがないから。
 
価値観の異なる人同士が、互いに認め合い、共に暮らせる社会。
愛する子供や孫たちのためにも、そうあって欲しいと切望します。
 
さて、老舗ブランドの中の一つAVANTI FURSがそのブランドを立ち上げたのが1864年。日本では池田屋事件があった年です。
毛皮の加工をはじめたのが何時か、ということになりますと、時代は更に遠く遡り、関係者でも定かでないくらい、昔のことなのでしょう。
 
確かな事実は、AVANTI FURS以外にも、ビザンチン帝国の皇室に毛皮を納めていた小さな工房の職人の末裔達が、今もミシンを踏んでいるということだけです。
 
AVANTI FURSのブランドオーナーのLOUKASさんは、スーツが似合う長身で品格に満ちた紳士です。
 
同社の製品の多くがロシアをはじめ、主に欧米に輸出されているそうです。
その為、日本でその製品を見ることは稀で、あまり馴染みがありませんが、
イタリアのトップブランドが色褪せるような高品質の製品を数多く生産しています。
ロシアンセーブルフルシルバリーのロングコートがハンガー数十本分並んでいる様は、
まさに圧巻で、上には上がいる、世界は広いということを痛感させられます。
 
最近は、主だった毛皮フェアにも出展されはじめたようなので、
近い将来、日本でもポピュラーになるかもしれません。
 
また、日本でギリシャ製というと、セーブルのピースのプレート製品を見かけます。
廉価品と比較しますと、ピースの剥ぎ合わせとは思えない、
美しさがあり、軽やかで心地よい手触り感があります。
これも高級な原皮を数多く扱い、その良質な裁ち落としが豊富にあることと、
永い歴史に培われた技術があるからこその賜物なのでしょう。
 
実は、カナダやアメリカ、イタリアの毛皮工場で働いている職人の多くが、
ギリシャ系移民とその子孫です。
 
カストリアは中世の面影を残す、素敵な街ですが、
同時に世界の毛皮職人の故郷でもあります。